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chronological table


大和政権
大規模な古墳は、大和を中心とする畿内に集中している。
この地方に豪族が連合して大和政権を形成していたと考えられる。
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古墳文化
3世紀の終わり頃、古墳が出現
  • 前期
  • 中期
  • 後期
この頃より7世紀初頭までを古墳時代と呼ぶ。
古墳の多くは前方後円墳・前方後方墳と呼ばれる独特の形をしている。
墳丘の表面石がしかれ、埴輪がおかれた。
内部石室や粘土槨をつくって木棺をおき、鏡・玉・剣・農工具等の副葬品がおさめられた。
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蘇我馬子
6世紀の後半、朝鮮の国家が強力になりわが国の勢力がよわまり、国内の支配体制を立て直さなければならなかった。
この時期、蘇我氏は渡来人の知識、技術を使って、わが国を支配した。
なかでも、蘇我馬子は仏教の興隆を図る一方、物部守屋を滅ぼし、政権を独占した。
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聖徳太子
推古朝においては、聖徳太子(厩戸皇子)が摂政として馬子とともに政治の改革を図り、冠位十二階、憲法十七条などを制定した。
また、小野妹子を隋に派遣した。
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飛鳥文化
7世紀前半に日本で最初の仏教文化である飛鳥文化が栄えた。
蘇我馬子の発願による飛鳥寺、聖徳太子の発願といわれる四天王寺、 法隆寺などの大寺院が建立された。
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大化の改新
権力を持つ蘇我蝦夷、入鹿父子を中大兄皇子、中臣鎌足らが滅ぼし、政治改革を行った。これにより、天皇を中心とする官僚制による中央集権国家とした。
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壬申の乱
天智天皇の死後、大友皇子と大海人皇子の間で皇位継承を争った。
乱は、大海人皇子の勝利となり、飛鳥浄御原宮で即して天武天皇となった。
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八色の姓
天武天皇が定めたもので、皇室を頂点とした身分秩序
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大宝律令
刑部親王、藤原不比等らが編纂
わが国の歴史上初めて成立した体系的な国家の法
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白鳳文化
大化の改新から藤原京までの時代をさす。 仏教を中心とした文化。
再建された法隆寺、薬師寺などの寺院などの他、高松塚古墳の壁画もこの時期を表したものである。
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平城京
710年に元明天皇によって唐の長安に模して作られた。 東西約4.2km 南北約4.7kmの規模を持つ。 7代74年間 都として栄えた。
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遣唐使
犬上御田鍬が第1回の遣唐使 廃止されるまで10数回行われた。
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東大寺
聖武天皇によって建立された。 高さ16mの大仏がまつられている事で有名。
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古事記
天武天皇が稗田阿礼に誦み習わせたものを、後に太安万呂が筆録したもの。
ふるくから伝わる帝紀や旧辞をもとにしている。
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日本書記
舎人親王が総裁となって中国の史書の形式で記述されたわが国の歴史書
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懐風藻
わが国最古の漢詩集 吉備真備、淡海三船、石上宅嗣らが有名
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万葉集
約4,500首の和歌を集めて作られた歌集 大伴旅人、山部赤人、山上憶良、大伴家持らが有名
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平安京
唐の長安をモデルにつくられ、東西約4.5km、南北約5.3km 幅約85mの朱雀大路が都の中央を貫いていた。 明治になって東京に遷都されるまで、都はこの地(京都)におかれた。
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摂関政治
摂政は天皇が幼少の時に、関白は天皇が成人のとくにいずれも天皇にかわって政治を行う官職で、当時は常にこの官職がおかれて藤原氏がこの地位を独占していた。
特に、藤原道長、頼通父子の時代は権勢をほこった。
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