やわたし
松花堂(しょうかどう)


京都府指定文化財
江戸時代
松花堂弁当,竹,椿

永の三筆のひとり松花堂昭乗が男山山中の坊内に建てた小方丈を松花堂という。
昭乗は、摂津堺に生まれ、兄が興福寺一乗院門跡尊勢に仕えたのに従い、奈良に移住した。 17才で男山滝本坊実乗につき社僧となり、寛永4年(1627)師の跡を継ぎ滝本坊の住職となる。 昭乗は、はじめ御家流の書を、後に空海や定家の書を学び、滝本流といれる独特の書流を立て、近衛信尹・本阿弥光悦とともに寛永の三筆に数えられた。晩年の寛永14年(1637)昭乗は、弟子の乗淳に滝本坊を譲り、自身は里坊の泉坊の一隅に松花堂という小方丈を建て、そこに移り住み松花堂昭乗と名乗る。
昭乗は、絵画・和歌・茶の湯などにも精通した当代きっての文化人で、近衛信尋・尾張藩祖徳川義直・狩野山雪・小堀遠州・沢庵宗彭などとも親交があり、これらの人々が集う松花堂は寛永時代の文化サロンのひとつであった。
明治の排仏毀釈で男山にある坊舎堂塔はすべて取り払われ売却された。現在は、泉坊書院・玄関とともに八幡女郎花の地に移築され、松花堂庭園として公開。松花堂の建物の構造は、茅葺・宝形造、二畳の茶室には南に土間、西には水屋が配され、仏壇・床が設けられ、住居の性格をも合わせ持った茶室であり、京都府指定文化財。泉坊書院・玄関は京都府登録文化財。庭園の一部は、男山山腹の跡地とともに、国史跡指定。
松花堂庭園内には、美術館、茶室、女郎花塚などもあり、見学できる。また、吉兆松花堂店も営業している。

資料提供は八幡市 


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