とんだばやし
歴史街道・戦国なにわルート
とんだばやしし大阪府

 歴史が息づくまち 富田林

富田林寺内町ができたのは、戦国時代のさ中、京の興正寺・証秀上人が当時の領主から百貫文で買いとった荒芝地に、新しいまちがつくられたのがはじまりです。
また、千早街道、東高野街道といった街道沿いに立地していたことや、石川流域で収穫される農作物と良質の水に恵まれたため江戸時代には商業が栄えました。今ものこる多くの町家や倉から「富田林の酒屋の井戸には底に黄金の水がわく」とまで言われた当時の繁栄がしのばれます。
さらに明治以降は鉄道が通り公共施設もできたことから、南河内の経済・文化の中心地として発展し、まちは賑わいを見せました。
当時の面影を伝える町家建築や街角の道標から、こんな歴史の息づかいが感じられます。

鬼瓦
(もとは魔よけに鬼面を使いましたが、しだいに装飾的に使われました)

歴史文化資源        
寺内町の町家
じないまちのまちや

興正寺別院
こうしょうじべついん

浄谷寺
じょうこくじ

旧杉山家住宅
きゅうすぎやまけじゅうたく

仲村家住宅
なかむらけじゅうたく


「河内名所図会」に描かれた富田林
(すばるホールの緞帳「河内文化の郷」より)

 寺内町センターと旧杉山家住宅
富田林寺内町は、真宗のお寺を中心にしてつくられた宗教自治都市です。
そのため、戦国の世の中を生きぬくために、外周に土居と呼ばれる盛土や竹薮をめぐらすことで外敵の侵入を防ぎ、町内の道路も交差点を直交させない「当て曲げ」と呼ばれる手法で見通しを妨げています。また、近世以降の盛んな商業活動をしのばせるように、今も50棟ほどの町家がのこっています。
市では、このかけがえのない文化遺産を守っていくために、地元の皆さんとも連携しながら、建物の外観や景観などの町並みの保全につとめています。
このページを見たご感想をJDM01556@niftyserve.or.jpまでお寄せください。


歴史文化資源マップ
関西デジタル・アーカイブに戻る
ホームページ関西デジタル・アーカイブはKIIS(Kansai Institute of Information Systems)によって運営されています。
Copyright (c) 1996 KIIS