たからづかし
小浜宿(こはまじゅく)


安土桃山時代

浜は、明応年間(1492-1500)に真宗寺院・毫摂寺の寺内町として成立したところで、自然の要害としての地形を利用した近畿一円の真宗寺院と立地を共有している。戦国時代の終わり頃には、豊臣秀吉や秀継が有馬入湯の折り、立ち寄ったという伝承もあり、その際、名水「玉の井」から汲んだ水で千利休に茶をたてさせ、喫茶を楽しんだという口伝も残っている。
その後、江戸時代には、小浜が交通の要衝であるところから、幕府の庇護を受け栄え、宿場町「小浜宿」として、旅籠・脇本陣・木賃宿や、商家・馬借・芝居小屋などが軒を連ね、大変な賑わいを見せていた。
また、酒造りの技術を持った場所であり、井原西鶴の『日本永代蔵』にもこの酒造流儀が「小浜流」として紹介されている。
さらに、小浜は腕の良い大工や左官のたくさんいた町として知られ、大工組「小浜組」を結成したり、難波御堂別院の建築や、京都御所の蛤御門の修理などで活躍した大工の棟梁等がいた。
この小浜宿一帯には当時の町家や首地蔵、小浜出身の力士谷風岩五郎の墓などが残されている。平成6年には、この小浜に宝塚市立小浜宿資料館が設置され、小浜地域の歴史や民族資料を保存し、紹介する施設となっている。

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資料提供は宝塚市 


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