みのおし
箕面公園(みのおこうえん)


近代・現代,奈良時代
国定公園

治4年、箕面寺(瀧安寺)境内以外の寺領と山林は国有化され、我国初めての「公園地」の指定となった。明治8年「勝地」となり、山林内の保護がなされ、明治19年滝道約 800mが箕面寺まで設けられ公園化が進められた。
金丸鉄や、森秀次らの奔走によって明治31年農商務大臣の許可が下り、大阪府最初の自然公園が設立されることになり、国からの払い戻しで、大阪府は明治40年に買い受けた。明治43年今の阪急電車の開通や動物園ができ、旅館・店舗も設けられ、動物園には大型動物・鳥・花や遊園地があり、大観覧車もあったが、大正5年動物園等は宝塚に移された。宣伝用絵葉書が昭和2年に作られ、日本新八景に入れようと、全国に高さ33mの箕面の滝が宣伝される。
公園内には森秀次銅像・野口英世銅像・頼山陽詩碑・夜半滝前句碑・泊月句碑・虫供養碑・筆塚などがみられる。
昭和30年5月野猿の「箕面自然動物園」が開設され、箕面の猿が有名になった。国の名勝の指定を昭和31年に受け、同時に天然記念物箕面山の猿生息地の指定も国から受けた。昭和42年12月東京の高尾山とともに「明治の森国定公園」に登録された。昭和52年「箕面自然動物園」は廃止され、猿は自然に戻すことになった。
昆虫館が昭和28年開館し、平成4年には放蝶園も併設し、ビジターセンターが昭和43年にでき、自然教室が開かれ、東海自然歩道、さらに豊能自然歩道・自然研究路5号までできた。こもれびの森・エキスポの森が平成6年にでき、公園としての整備が現在も進んでいる。
箕面寺は役の行者が白雉3年(652)に開いたと伝えられ、その後、聖の住む山・霊地として即身成仏の修行場・修験道場となり、空海・法然など諸僧が訪れている。重要文化財の如意輪観音は弁財天と異種同体とされ、弁天堂の本尊の弁財天は天川村の弁財天と同じで宝珠を持つ最古の様式。正月に、ここで行なわれる富くじは、我国最古といわれ、宝くじのルーツでもある。天上ガ岳には役の行者の墓と銅像がある。箕面寺は、国の豊穣と安全を祈願する所だった。 滝道には一の橋、ツツジ原・紅葉橋・二の橋・化石谷・落合谷・天狗鼻・修行の古場・唐人戻り岩・望海ガ丘・地獄谷・極楽谷・雲隣台・杉の茶屋・大日峠トンネル・千本坂・政の茶屋などの名がつけられている。ここを訪れる人は、年間140万人といわれる。

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資料提供は箕面市 


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