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はびきのし | 大阪府 |
羽曳野周辺に人が住みついたのは、今から約2万年もの昔、旧石器時代の後期でした。
古墳時代から平安時代前期にかけては、歴代の皇族や氏族らが有力者として活躍し、多くの墳墓や寺院を造りました。これが現在の羽曳野市の礎になっています。
11世紀前期になると、源頼信が河内の国司に任ぜられ、以来、頼義・義家までの三代が、河内源氏として壷井の里を本拠地に活躍しました。
南北朝以降は、いくたびも戦場となりましたが、安土桃山時代になると豊臣秀吉が治めることになり、石田三成らによって検地が行われました。
江戸時代には幕府の支配地となり、河川改修や新田開発が進み、綿花の栽培が盛んになりました。中期以降、竹内・東高野の両街道が交差し、石川を剣先船が行き交う古市は、水陸の交通の要衝として栄えることになります。
羽曳野市では、これらの蓄積された歴史文化の再発見と新しい歴史文化の創造を目指して、「雅びのまち はびきの」の創生に取り組んでいます。
竹内街道(たけのうちかいどう) 推古天皇の時代(613年)難波から飛鳥へと通じるこの街道が整備された。わが国最初の官道(国道)であり、飛鳥時代の東西交通の大動脈だった。
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